昨日、定期健康診断の為、いつもの病院で診察してもらったのですが、その各検査の待ち時間に流れているテレビに何気なく目が向きました。普段テレビのない生活を送っているので、あまりテレビ番組に関心がないのですが、流れていた映像には教育ママが抱えている問題と、熱心な教育を受けて来た子供の末路的な話が流れていたので、見入ってしまいました。
 
子供に良かれと思い、教育熱心になる専業主婦の話だったのですが、子供に学校の勉強だけでは足りないと、塾に長時間行かせながら、自宅でも家庭学習を取り入れ、まさに勉強漬けの日々を子供に与えている様子でした。 子供には人並みの職についてほしいし、お金をいっぱい稼げる大人になって欲しいなど、母親の希望が語られていました。
 
勉強自体、嫌がらない子供も確かにいます。 それは面白いと感じるからで、面白さを感じていない場合、押し付けられると嫌がる子供の方が多いのではないでしょうか。 きっとこのような親子って日本全国多いのかなと感じながらも、自分の子供と重ねながら見ていました。
 
オーナーレターを毎月読んで下さっている方は既にご存知の通り、私は息子を留学させていますが、小さいうちから精一杯遊ばせながら学ぶ方式が理にかなっていると思ったところから、遊びながら学べる学校を探し、結果的に海外留学させる決意をした経緯があります。
 
私の母は専業主婦でしたが、当時の印象としては教育ママではなく、塾などの通う機会は貰いましたが、どれも長続きせず、興味の持てない勉強は嫌々過ぎて、学習机の上の各種参考書の整理整頓ばかりしていた記憶があります。 きっと親も諦めていたのかもしれませんが、勉強の塾ではなく、絵画や書道、水泳など勉強以外の教養機会を貰いました。 
 
私自身が押し付けられている感覚がとにかく嫌いなので、多少なりともDNAを受け継いだ息子も嫌々ながらの勉強はしないだろうと思ったわけです。 この嫌々現象はきっと誰にでも言えることで、子供だけでなく大人も強制だと反射的にやらされ感をどうしても感じてしまい、自ら進んで行動したいとは思わない場合が多いのではないでしょうか。 
 
それが関心を持った途端に爆発的な集中力を発揮することは誰しも経験しているわけですから、心の中では何が最善なのかは理解していると推測できます。
 
今日、これまでの教育に疑問をもつ一部の大学等では、教育の再定義、考え方が研究され始めています。 少しずつ分かってきていることは、子供は遊びの中から学ぶ知恵を体得し、遊びこそが学びに繋がっているということです。 息子も泥んこになって毎日遊びまくっていますが、単なる遊びではなく学校の授業として、がっつり遊びながら、遊びを応用しながら算数や言語、芸術や音楽を学んでいる姿は、親の私が羨ましいと感じます。
 
親であれば誰しも子の幸せを望むでしょう。 しかしこのテレビ番組でもわかるように、子供をひとりの人間として考えれば親のエゴは逆効果かもしれません。 親離れ、子離れ出来ない現象を助長してしまう行為だと考えますし、本人が何を望むかは、程よい距離から観察すれば見えてくるかもしれませんね。