この記事は2017年12月1日に掲載したものです。価格・営業日・販売中の商品は掲載当時の情報です。

端的に言うと、当事者意識を持ち、求められる物を理解でき、何が問題かを探し出し、解決する能力がある人と、一緒に仕事をしていきたいと考えています。プライベートではそういう方々との接点を重視していっています。

では、生きる力とはどこで養われるものなのでしょうか。学校の授業で学ぶ科目にもありませんし、塾で教えてもらえるわけでもありません。私が思うに、家庭環境や親の影響、もしくは、育った地域などの環境全体にそういった風土があった場合、生きる力を自然と身につけることができるような気がしています。特に親の影響は大きいと思います。生きる力と呼ぶからには、何かしら武器が必要となります。

私の場合は、他言語の習得のし易さや、世界中どこでも生活していけるであろう順応力も武器になり得るかもしれませんし、幼少期から物事を掘り下げて考える癖は今でも変わりません。なんでだろう、どうしてだろうと些細な事でも不思議に思えば、掘り下げていきますし、それが楽しいと感じています。既にある物や物事を分解、分析をする癖も私にとっては一つの武器と言えるかもしれません。

とにかく武器は人それぞれあるにしても、持っているだけでは宝の持ち腐れとなってしまいます。まずは自分の武器は何かを洗いざらい書き出してみると自己分析が出来ます。自分を知りさえすれば、周りに流されることもなくなるばかりか、人生を自分でコントロールし、有意義なものにすることができ、人生を終える時には悔いが残らないことでしょう。悔いが残らない人生とは、生き様にも満足したということだと思います。また、生きる力とは、原始時代も現代社会でも、「飯を食っていく力」が根底にはあると思います。

飯が食っていけないのは致命的です。野生では死を意味します。人間社会では野生程シビアでないにしろ、自らの強みを使いながら、飯が食える状態にもってけるかどうかが鍵となります。自己分析もせず、強みを磨かないと、人に使われる人生で終わります。どんな武器であっても、生きていく為のご飯が食べられないのであれば、それらの武器の使い方が間違っているか、時代にあってない武器なのかもしれません。すなわちそれは生きる力とは言えないと私は思っています。

飯を食うためにどうしていくべきかを考えられる人材が、これからも一緒に働いていきたいと思えるタイプです。今働いてくれているスタッフ達も、それぞれの強みを活かし、お互いを尊敬しながら一致団結し、雇われ側であっても経営者と同じ当事者意識を持ちながら、自分の武器だけでなく、弱みも考慮した上で、それぞれの課題に果敢に挑戦し続けている者ばかりです。そうした姿を見ていると、私も更に先に進んで行かないといけないなと、奮起させられます。

MILTON COFFEE ROASTERY

“中南米の生産者を毎年訪ね、
20年以上、直接買い付けています。”

毎年、中南米の農園を訪ね、生産者と一緒にカッピングして豆を選んでいます。
スタッフも産地へ行き、畑や精製の現場を自分たちの目で確かめています。

スペシャルティコーヒーの目安は80点。ミルトンの豆は、そのほとんどが
カップ・オブ・エクセレンスの審査基準で86点を超えます。
価格は国際相場ではなく、生産者が続けていける経費と利益を考えて決めています。
生豆は自社で輸入し、周南市の焙煎所で、豆ごとに
甘さがいちばん出るところまで焙煎しています。